扉を開けた手もそのままに、聡の全身は固まったまま。
なんなんだ?
視線を落とす。
足元にはゲームのパッケージ。画面の男性他、複数の麗しい男性イラストで埋め尽くされた、ピンクと紫の華やかなデザイン。視線を巡らせた先には、壁のイラスト。こちらは銀髪の騎士風美少年。
装飾華やかなカーテンとレール。男性が見つめるマグカップと目覚まし時計。
これって……
絶句する聡の目の前で、緩が突然声をあげる。
「キャッ! いやぁん」
聞いたこともないような甘い叫び。体を捩じらせ、床に寝転ぶ。
仰向けになった緩の視線。上に放たれ、聡とぶつかる。
目が、合った。
合ってしまった。
「あっ」
「おっ」
硬直する両者。凍りつく室内。まるで時が止まったかのように、すべての物音が世界から消える。
エアコンの効いた心地良い室内。開け放たれた扉から、残暑の生暖かさが流れ込む。床に置かれたゲームの説明書が、ほんの少しだけ流れに揺れた。
「おに… い」
ガバリと身を起こす小柄な少女。耳からヘッドホンがズリ落ちる。だが緩は構うこともない。コントローラーを握る手はガクガクと振るえ、同じように瞳も揺れる。
「おにいさんっ!」
掠れて声にもならない声。その後はただガチガチと歯を鳴らしたまま、言葉もなく聡を見上げる。
ゴトッと鈍い音がして、コントローラーが床に落ちた。震える両手が口を押さえる。
「あのぉ」
尋常ではない緩の態度に聡はさすがに慄き、とりあえず何か発せねばと口を開いた。だが――――
「見ましたわねっ!」
羞恥と憤怒と絶望の嵐。黄泉の国で、夫に激怒した伊弉冉尊。彼女はきっと、こんなふうに叫んだ。
そう、これは、誰にも知られてはならない秘密。
知られたくない、見られたくない、隠しておきたい本当の自分。
【君のことが、好きなんだ】
その囁きの心地良さを知ったのは、中学一年の冬休み。
「中産階級からの伸し上がり娘が、エラそうな口を叩かないで」
校内でひたすら蔑まされる日々。だが、辞めるワケにはいかない。唐渓への進学は死んだ母の悲願でもあったし、何より負けを認めるようで悔しくて、辞めるなんてできなかった。
私が何をしたと言うの?
そんな彼女に、彼らはとても優しかった。
【あなたのような心清らかな人間に、僕は初めて出逢いました】
そうだ。自分は唐渓の、他人を見下すような心醜い人間じゃない。
【君のその芯の強さが、何より君を美しく魅せる】
そうだ。自分は強い。周りになんて負けない。
やがて廿楽に気に入られ、学校での地位も高くなった。
だが一方で、廿楽の小間使いと陰口を叩かれるようにもなった。今回のように、廿楽本人から理不尽な責めたてを受けることもあった。
そのたびに、緩は彼らの存在を支えにした。
【君は誰よりも美しい】
【僕の瞳を捕らえて離さない】
【いつまでも俺の側に居てくれ】
【辛いのなら、泣いてもいいんだよ】
そんな言葉にそっと涙を流し、だが決して外では泣くまいと心に誓った。彼らの言葉が誓わせてくれた。
【君だけを、愛しているよ】
もはや彼らの言葉無しでは生活できない。自分を取り巻く流麗な世界。
そう、ここは、緩を包み込む秘密の楽園。
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