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【アラベスク】  第8章 荊の城



第4節 秘密の花園 [3]




 扉を開けた手もそのままに、聡の全身は固まったまま。
 なんなんだ?
 視線を落とす。
 足元にはゲームのパッケージ。画面の男性他、複数の麗しい男性イラストで埋め尽くされた、ピンクと紫の華やかなデザイン。視線を巡らせた先には、壁のイラスト。こちらは銀髪の騎士風美少年。
 装飾華やかなカーテンとレール。男性が見つめるマグカップと目覚まし時計。
 これって……
 絶句する聡の目の前で、緩が突然声をあげる。
「キャッ! いやぁん」
 聞いたこともないような甘い叫び。体を捩じらせ、床に寝転ぶ。
 仰向けになった緩の視線。上に放たれ、聡とぶつかる。

 目が、合った。

 合ってしまった。
「あっ」
「おっ」
 硬直する両者。凍りつく室内。まるで時が止まったかのように、すべての物音が世界から消える。
 エアコンの効いた心地良い室内。開け放たれた扉から、残暑の生暖かさが流れ込む。床に置かれたゲームの説明書が、ほんの少しだけ流れに揺れた。
「おに… い」
 ガバリと身を起こす小柄な少女。耳からヘッドホンがズリ落ちる。だが緩は構うこともない。コントローラーを握る手はガクガクと振るえ、同じように瞳も揺れる。
「おにいさんっ!」
 掠れて声にもならない声。その後はただガチガチと歯を鳴らしたまま、言葉もなく聡を見上げる。
 ゴトッと鈍い音がして、コントローラーが床に落ちた。震える両手が口を押さえる。
「あのぉ」
 尋常ではない緩の態度に聡はさすがに慄き、とりあえず何か発せねばと口を開いた。だが――――
「見ましたわねっ!」
 羞恥と憤怒と絶望の嵐。黄泉の国で、夫に激怒した伊弉冉尊(いざなみのみこと)。彼女はきっと、こんなふうに叫んだ。

 そう、これは、誰にも知られてはならない秘密。
 知られたくない、見られたくない、隠しておきたい本当の自分。

【君のことが、好きなんだ】

 その囁きの心地良さを知ったのは、中学一年の冬休み。

「中産階級からの()し上がり娘が、エラそうな口を叩かないで」
 校内でひたすら蔑まされる日々。だが、辞めるワケにはいかない。唐渓への進学は死んだ母の悲願でもあったし、何より負けを認めるようで悔しくて、辞めるなんてできなかった。
 私が何をしたと言うの?
 そんな彼女に、彼らはとても優しかった。
【あなたのような心清らかな人間に、僕は初めて出逢いました】
 そうだ。自分は唐渓の、他人を見下すような心醜い人間じゃない。
【君のその芯の強さが、何より君を美しく魅せる】
 そうだ。自分は強い。周りになんて負けない。
 やがて廿楽に気に入られ、学校での地位も高くなった。
 だが一方で、廿楽の小間使いと陰口を叩かれるようにもなった。今回のように、廿楽本人から理不尽な責めたてを受けることもあった。
 そのたびに、緩は彼らの存在を支えにした。
【君は誰よりも美しい】
【僕の瞳を捕らえて離さない】
【いつまでも俺の側に居てくれ】
【辛いのなら、泣いてもいいんだよ】
 そんな言葉にそっと涙を流し、だが決して外では泣くまいと心に誓った。彼らの言葉が誓わせてくれた。
【君だけを、愛しているよ】
 もはや彼らの言葉無しでは生活できない。自分を取り巻く流麗な世界。
 そう、ここは、緩を包み込む秘密の楽園。







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